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自分が体験したこと、自分の頭で考えたことを書きます

越中の武将たち 田舎武士の人生が教えてくれること

越中の武将たち」という本を読んだ。

資料や文献が乏しくてなかなかスポットライトを浴びる機会がないのが地方に土着の侍。
越中(富山)も例外ではなく太平記の時代に活躍した桃井直常が一番有名かもしれない。
源平の合戦や南北朝の争乱にまきこまれる中で有力武将にしたがい、家を守るために
戦う田舎武士はどんな人達だったのだろうか。


「越中の武将たち」という本を読みながら色々と想像をめぐらせて楽しむことができた。
多分、貧しくて祖末な食事に耐える強靭な肉体を持ち、言葉遣いも荒々しくあか抜けず
上品さとはほど遠い人達だったのだろうな。
しかし京都や鎌倉など政治の中枢にいて現地には顔を出さない守護などの支配者に
代わって、領民と直に接しながら統治を行う彼らはまさにローカルヒーローといった
趣のある人達が多かった気もする。
どこか野暮ったい所がありつつも、領民のことを理解して持ちつ持たれつの関係で
地域の秩序を守っていける。武士としての厳しさのほかに、そういう大らかな資質が
きっと田舎武士には求められたと想像する。


平安の時代から江戸時代に入るまで日本は各地方に有力者がひしめき合っていた。
学校の授業のせいで日本は昔からひとつの国だったとついつい思い込んでしまうが
決してそんなことはない。小さな円がいくつも重なりあうような形で実際の統治は
行われていたし、その階層のトップにあるのが朝廷や幕府といったものだったように
自分は最近思っている。それも決して単一の垂直的なレイヤー構造だったわけではなく、
そうした秩序とは別の次元で活躍していた集団もたくさんいた。
その辺りは網野喜彦先生の書籍がとても勉強になる。


ともかく中央の情勢の混乱に合わせるように各地で戦乱が波及、田舎武士達もチャンス
があらばと他を攻めて勢力を伸ばそうと戦闘を請負い刀を握る。田舎くさい性格の奥に
野心を秘めて戦場に向かう姿には親しみを感じる。
しかし、平安末期から江戸時代まで約500年、常に全国のどこかで小競り合いが
続いたのが日本の中世という時代。そんな時代を生きる人達の価値観は、おそらく
江戸時代の人達から見てもずいぶん異なるもので、想像しにくい部分も多かったと思う。
名前も残っていない地味で野暮ったい武士達が貧乏に困りながらも日々を営んでいた。
時には中央情勢の混乱に巻き込まれながらも、秘めた野心は捨てず、戦う時は戦う。


こういう人達の人生こそが歴史の大部分であることを今の社会にいきる僕らは
もっと認識したほうがよいと思う。過去の足取りを知る事で未来に目指すべき
社会のあり方をその延長線上に見出すことができるのないか。
そうでないと「うつくしい国」などの美辞麗句に酔わさせてしまい、
未来への舵取りを誤る。そんな気がする。